椎名林檎との出会い

【椎名林檎小論】余ハ如何ニシテ林檎姫マニヤト成リシ乎
まず最初に筆者の自己紹介を簡単にさせていただきますが、私は1962年生まれですから四十路のオヤジです。この年齢になると一般の人は新しい音楽 には否定的で、自分が若かった頃の音楽を生涯愛し続けて一歩もそこから出ることはありません。しかし私は音楽評論をやっている関係もありますが、そうした 同世代の後ろ向きな姿勢が大嫌いで、「今」のアーティストに最も関心があります。その中でも椎名林檎については、単なるファンの粋を超越し、偏愛の域にま で達しています。なぜ林檎姫がこれほど四十路オヤジを夢中にさせるのか?その辺を書いてみたいと思います。
椎名林檎がグレートなのは、デビュー時の御歳二十歳にして、すでに自分の世界を確立していたことが、なにより驚異的です。というのも、メジャーヒッ トを出すようなアーティストの音楽というのは、そのアーティストを作っている人たちも含めた音楽的なルーツがある程度見えてしまうんですね。ところが林檎 姫にはそれがないんです。どこから来てどこへ行くのか全く分からない宇宙人的な存在に見えるのです。林檎姫と同世代のファンはもっと自然体で聴いているの だと思いますが、暫くこのオヤジの評論におつきあい下さい。
私と椎名林檎の出会いを決定的にしたのは、育児休暇中の2枚組カバー集「歌ひ手冥利其の一」でした。まずは選曲面の多彩さに驚かされます。スタン ダードジャズ、シャンソン、ボサノヴァ、ビートルズ、70年代歌謡曲、NHKみんなの歌などから、かなりイージーにセレクトしているのですが、どれもが信 じがたいほどの椎名林檎的世界にハマっているのです。たとえばその中の1曲、あまりにも有名なシャンソンの名曲「枯葉」を取り上げてみます。原曲に忠実に ヴァース(メインメロディの前に歌われる旋律)を流暢なフランス語で歌い出した後、メインメロディを優しくうたいあげ、その後いきなりフレンチポップ風の サウンドに変わり、歌詞が英語に変わります。なにげなさの中に鋭いサプライズを含んでいます。
純真な乙女心を歌った太田浩美の名曲「木綿のハンカチーフ」を、重量級ロックンロールサウンドに乗せて歌った演奏も痛快ですし、ビートルズナンバーも、ありきたりの名曲ではなく、陰鬱な「ヤー・ブルース」を取り上げているのも面白いです。
話は変わりますが、現在の日本のポップミュージックの持つメッセージは大雑把に言うと「現状は現状として受け入れていけば、いつか希望も見えてくるでしょ う」というもので、それが悪いとはいいませんが、音楽全体のインパクトを弱くしています。そういった状況に対するカウンターパンチとして、椎名林檎という クリエイティブインパクトは燦然と輝きます。椎名林檎はデビュー時から既に「巨匠」になるべくして登場したアーティストなのです。私たちは今、「巨匠の若 書き」を聴いているにすぎないのです。21世紀前半の巨匠であることは既に確定していると言っていいでしょう。
そこまで断言していいのか?と訝しがる向きもございましょう。しかし考えてみてください。椎名林檎と同世代の女性アーティスト。彼女らの歌の世界か ら考えて30年後の活動を想像することなどできません。たぶん忘れられているんだろうなぁと思うだけです。対して椎名林檎。スタンダードジャズナンバー集 を出してもよし、50年代ポップカバーを出してもよし、舞台や映像作品の活動だって既に実現済みです。どんな素材を用いても椎名林檎というフィルタを通せ ばそれは既に彼女のオリジナルな世界なのです。
私が椎名林檎に惚れ込んでいる理由は他にもあって、絶対にベスト盤やリミックス盤を出さないということです。(リミックス盤については公式コメント はありませんが多分彼女は拒否するでしょう)1枚に70分も収録できるCDに捨て曲も含めて目一杯詰め込んで、オリジナル盤3枚にもなったらすぐにベスト 盤を出す昨今のレコード業界に幻滅している私は、絶対にベスト盤を出さないと公言している椎名林檎の姿勢はアーティストとしての誠実さを感じます。リミッ クス盤についても、おおむね同じで、よほど優れたリミックスアーティストでもない限り、多くのリミックスアルバムは退屈です。
そんな彼女も、私がこの原稿を書いている11月25日を持って29歳の誕生日を迎えました。これから三十代になっていくわけですが、多くの女性アー ティストは三十路を迎えるまでに既に飽きられて行き、一部の優れた女性アーティストだけが最も輝いた時期を迎えるのが三十代という年代です。すでに巨匠の 域に達している椎名林檎がどんな世界を描いてくれるのか、楽しみはつきない林檎姫です。

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